2010-11-29

    ユリカモメの不思議

    水口です。

    琵琶湖の近くに住んでいることは何回か書きました。毎年、冬の朝には、ユリカモメが群れをなして京都の鴨川に向けて飛んで行く風景が見えます。

    ユリカモメはロシアのカムチャッカから飛んできて、琵琶湖をねぐらにし、鴨川でエサを採っている――ということは、田舎から出て来て京都で働き、大津市で暮らしているぼくと同じだね。

    今年は例年よりも来るのが早いし、数も多そうな感じです。

    ゆりかもめphoto1

    京都の冬の風物詩としてすっかり定着した感のあるユリカモメですが、在原業平の歌のおかげで昔から京都にいた鳥と思っている人がいるかも知れないけど、初めて集団が観察されたのが1974年というから、案外新しい。

    その前に鴨川の改修工事があり、川底が掘り起こされてエサが採りやすくなったから、というのを聞いたことがあるのですが、真偽は定かではありません。

    上に書いた業平の歌はこれ。

    名にし負はばいざ言問はむ 都鳥
    わが思ふ人はありやなしやと

    でも、ここに出てくる「都鳥」は、ミヤコドリのことではない。

    ゆりかもめphoto2

    ちょっとややこしいけど、
    ユリカモメはチドリ目カモメ科
    ミヤコドリはチドリ目ミヤコドリ科

    業平が隅田川にやって来たとき、見知らぬ鳥を見てその名を聞いたところ、「これなむ都鳥」だと船頭に教えてもらい、その名前から懐かしい京の都を思い出して詠んだということだから、昔はユリカモメのことを「都鳥」と呼んでたんでしょうね。

    また、上に書いたように京都に来るようになったのは1974年だから、業平がユリカモメのことを知ってる筈はないよ、ねえ。

    しかし、そうなるとなんで京都にいないユリカモメが都鳥とよばれていたんだろう。万葉集には一首だけ「都鳥」を詠んだ歌があるらしい(大伴家持)ので、もしかしたら「奈良の都」のこと? なんて悩んでいたら、ユリカモメは「ミヤ ミヤ」と啼くから「都鳥」とよばれるようになった、と書いてあるHPを発見して、なるほど、それならわからないでもない。

    http://www.geocities.jp/a9bird/HPbirdTOP0902.html

    でも、「ミヤ ミヤ」とは聞こえないけどなあ。

    も一つ、「ミヤコドリ」の和名を命名したのは江戸時代の学者ということだけど、「都鳥=ユリカモメ」が一般的であっただろう江戸時代に、なんで別の鳥を「都鳥」と名付けたんだろう。ややこしいことすな、とつい思ってしまう。わからん。知ってる人があったら、教えてください。

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